苺の体内
ある日、女の子は世の中のすべての事がいやになりました。
なにもかもが、つまらない。
そう強く感じて、女の子は憂鬱になりました。
すると、大きな苺がやってきて、彼女のとなりに座りました。
なにもかもが、つまらないかい。
つまらないわ。
そっか。
言うと、苺は、女の子をパクリと食べてしまいました。
苺の中で、食べられた女の子は、ぼんやりと、苺の内部を見つめていました。
おもしろい色をしているなあ。
そして、このおもしろい色を、友達に伝えたいなあ、と思いました。
その瞬間、友達のことを、つよくつよく、考えました。
また会いたいなあ。と。
すると、苺は、彼女を、 ペッ と吐き出してしまいました。
いま、希望のあること考えたでしょ。
苺は口を拭いながら言いました。
絶望していない女の子は、とたんに美味しくなくなるんだよね。
また、きみがちゃんと絶望したら、食べにきてあげるね。
じゃあね。
苺は帰っていきました。
女の子は、全身からいちごシロップの匂いを漂わせながら、学校に向かいました。
苺の体内の色を、友達に話しに行きました。
空とその細君のおはなし
その少女は優しく、聡明であったため、空に見初められた。
空は彼女の前に跪き、心からの言葉を尽くして求婚した。
少女は悩んだが、それを承諾した。
空の下、彼女は強く美しく育った。
雨の日も、風の日も、彼女は空に愛されていることを感じた。
ある日、彼女は空に語りかけた。
あなたの悲しみは、雨なのですか。
空は返した。
「いいや、雨は、雲のこころだ
雲は私の下にいる。雲は豊かに雨や、雪で、自分を表現するだろう
その向こう側の私はいつも青い。」
そして言葉を少し詰まらせた。
「あなたの悲しみを知りたいわ」
「そうか。では、目をつぶるといい」
目を閉じた彼女は、自分が、宇宙に居ることを知った。
そこには上も下も、右も左もなく、ただただ黒い空間があるばかりだった。
妻よ。それが私の悲しみだ。
空の声がどこからともなく聞こえた。
彼女は涙を流したが、涙はふうわふわと空間を漂い、彼女から悲しむことを奪っていった。
目を開くと、そこは自分の家の庭。
見上げた空は今日もひたすらに青い。
砂糖細工
ある寒い冬の 日
あたしは付き合っていた人に ふられ、泣きながら 道を歩いていました。
どうしたの?
と、声をかけてきたのは、ひとりの、若い男の子でした。
色白でひょろっとした、背の高い、17歳くらいの男の子でした。
彼は、あたしを慰めてくれました。
彼の貸してくれたハンカチからは甘いにおいがしました。
いいにおいだね、というと、彼は突然、自分の指をあたしの唇に押し当てました。
そこからは、じんわり、強い甘味が広がりました。
当然ながら、彼の口の中もとても 甘く、それ以外の身体のいたるところ
彼の身体は、砂糖のような、けだるい甘味を帯びていました。
冬と春の間、あたしたちは仲良くしました。
5月、彼が「ぼくはもうそろそろとけて死んでしまう」と言いました。
あたしが涙をながすと、「ぼくが死んだらぜんぶ舐めてほしい」と言われました。
6月、彼は死にました。
あたしはどろどろになった彼を舐めながら、たくさん、たくさん泣きました。
7月、あたしの指先から甘いにおいが漂うようになりました。
舐めると、彼の味がしました。
あたしの身体から、彼の味と彼のにおいがしました。
8月、あたしはシャワーを浴びています。
彼のことを考えながら、あたしはどろどろになって、排水溝に流れていきました。
XXY
その三毛猫は両性具有だった。
性遺伝子がXXYという、ちょっとした奇形だったのだ。
それは男性の形をしていたが、生殖能はとても弱かった。
そして女性的な美しさを持っていた。
その三毛猫は眠った。
雨季の、凶暴な生命力がむんと立ち込める、ブナの森の中で、眠った。
ブナたちは三毛猫を憐れんで、それを眠らせた。
三毛猫は、もう目覚めたくないと、願ったので、その通りになった。
三毛猫は自らの遺伝子を残すことはなかったが、優しいブナの栄養になった。
雨季のブナが特に美しい理由である。
蝶の自我
水田に張られた水が鏡になって、蝶に自我が芽生えた。
蝶は思わず、水面を乱した。
大きな鏡は体を震わせ、少しずつ、自分を取り戻していった。
「生き物の苦しみの種は自我にあるのかもしれないと思わないかい?」
水は言った。
自分の肢を、自分自身の姿を認識することが、苦しみへの第一歩。
そしてそれが快楽を齎すんだ。苦しみに向かうことで快楽が産まれるんだ。
水は、生まれたばかりのオタマジャクシを包みに行った。
水田の片隅で、苦しみは保育されている。
砂糖菓子のブレスレット
甘党の小父様が、上質の砂糖を何種類も煮詰め、特殊な硝薬を混合して作ったビーズたちだそうです。
その硝薬は、なんでもガラスにしてしまうので、小父様の中指の先は、少しガラス化しています。
以前不注意で、指を付けてしまったそうです。
とはいえ、このビーズのように、小父様の指先も、不思議な輝きを放っているのです。
芍薬姫
「上質なシフォンのシーツは、柔らかくてとても肌触りが良くて
吐き気がします。
私はいつまでここに居ればよいのでしょうか」