物語を売り買いする

すべては妄想の産物である

テクニカル・ノック・アウト

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ざまあ見ろと思った。

スコールが降ったのだ。

私の勝ちではないけど、相手の勝ちでもなくなった。

引き分けだ。

 

ざまあ見ろ。すべて濡れた。台無しだ。

私はほくそ笑んで、結婚式場を後にした。

 

帰宅し、バスタオルを頭から被った。

滴る水滴を絞るように、タオルで入念に体中をふいた。

リングから降りるボクシング選手の気分だった。

ザフザフと降る雨の音を聞きながら、晴れ晴れとした気分になった。

郷愁

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私は家に帰ろうとしている。

私は家に帰りたいと思っている。

 

でも家がどこだかわからない。

私に家があるのかもわからないんだ。

 

私の帰るべき場所はどこだろう。

命の費える前にそれが見つかるか、どうか。

 

それを見つけるために、私は飛んでいる。

私の羽はそれを求めている。

私を突き動かす衝動である。

 

母親と手を繋ぎ帰る少女の

傍らをスイと飛びながら、

蜻蛉は今日も飛び続けている。

血痕

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自分の血の味は他の人のそれと違うなあということなどを、死に行く吸血鬼は思うのだろうか。

ということを、今まさに死なんとする蚊は思った。

 

自分の血はもとは他人の血であったのではないか。

とも、思った。

 

潰されながら、思った。

 

自分の所在が分からない。

私の血は他人の血であり、この血が私を生かしている。

この血が運ぶ酸素が私のお脳を動かし

 

と、考えたところで、蚊はティッシュにくるまれ、ゴミ箱に還った。

蚊の末期の思考は線香のけむりのようにあたりを漂い、そのあと誰かがそれを吸い込むまで、ゆらゆらとゆらめいていた。

「運命」

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学校からの帰り道で、ふと 近道のために、路地裏に入ってみた、ある日。

小さな小さな店がそこにあり、看板には「スプーン・ショップ」と。

私は興味にかられ、扉を引いてみた。鈴がチリンと音を立てた。

 

店番は小さな女の子がやっていた。髪の長い、闊達そうな女の子だ。

「いらっしゃいませ。あなたの、運命のスプーンをさがしてね」

運命のスプーン、という言葉にひっかかりながらも、私はスプーンをじっくり眺めていた。

 

そこには所狭しとスプーンが飾られていた。

木製のスプーン、金属製の…金色、銀色のスプーン、プラスチックのスプーン。

新しい、古い、大きい、小さい、様々な形のスプーン。

 

200くらいのスプーンを眺めた。

なるほど、運命とはよく言ったもので、私は、ひとつのスプーンに心奪われてしまった。

それは何の変哲もない…銀色の、なだらかなフォルムのスプーンだ。

しかし私は、魔法にかけられたように、それにどうしようもなく執着してしまったのだ。

手に取ってみた。スプーンは、私の手にしっくりと馴染み、私はもう、手離せなくなってしまった。

 

「運命のスプーンですね」

店番の女の子がにっこりと言った。これ買います。いくらですか。と問うと

「それ、本来はアイス専用のスプーンなの。お姉さんは、アイス1つに、どれだけお金を出せる?」

えっと、うーん、1000円くらい?

「わかったわ。じゃあ、1000円頂きます」

損なのか得なのかわからないまま、お金を支払った。

 

スプーン・ショップを出て、路地裏を抜け、コンビニに寄って、私は帰宅した。

コンビニで、安いアイスを買って帰宅した、スプーンを早く、使ってみたかったのだ。

スプーンを洗い、アイスをひとさじ、すくって口に運んだ。私は驚いた。

今まで食べた、いかなる高級アイスよりも、そのアイスが美味しく感じたのだ。

あっというまに、私はその、安いアイスを、美味しく平らげてしまった。

 

このスプーンにどんな魔法がかけられているのか、わからない。

その後、私はアイス以外のものも、そのスプーンを使用して、食べた。

しかし、アイスほど、美味しいと思うものは、なかったのだ。

 

私はこの世で一番すきな食べ物がアイスになった。

スプーンに合わせて、私の味覚が、変わってしまった。

だけど私は幸せだ。

こんなに美味しいアイスを、このスプーンのおかげで、食べられるのだから。

結実

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ふかふかの地面にタフィを埋めると、タフィの実が成るらしい。

ということを、本で読んだ。

タフィの実はタフィではないらしいのだけど、タフィを思い起こさせるような味をしているらしい。

 

というので、さっそく私も試してみた。

ふかふかの土にした裏庭に、べっこう飴を埋めてみた。

日が経ち、芽が出、苗がすくすく育ち、小さな木となった。

そこには黄色く小さな実が成った。

ひとつもいで、うすい皮を剥き、口に含んでみると、固い実ではあったが、じんわりと濃い甘さを感じた。

たしかに、べっこう飴を思い起こさせる味をしている。

 

今度は、以前、好きな人からもらった手紙を埋めてみた。

日が経ち、芽が出、今度はつるのように地面を這った。

そこには、緑色に白い斑点のついた実が成っていた。

ひとつもいでみると、やわらかい実のようだったので、水洗いし、かじりついた。

梨のような甘さを感じた。だが、後味に、かすかな塩味が残った。

そのとき、私は、その手紙に、かつてたくさん涙が落とされたことを、思い出したのだった。

たしかに、かつての恋を思い起こさせる味をしている。

 

マザー・ウォーター

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彼女の身体は、ふつうの人よりも、水分含有量が多いらしい。

そういう体質なのだそうだ。

 

そのためか、夏、スイカを食べた後の彼女の身体は、しばらくひんやりと冷たく、

冬、お味噌汁を飲んだ後の彼女の身体は、しばらくの間、じんわりと温かく感じた。

水枕とか、湯たんぽとおなじ原理なのかもしれない。

 

彼女の瞳は、たまに、虹のような遊色が現れることがある。

ウォーターオパールのように、光の屈折によって現れる美しい色だ。

ぼくは、水槽を通した光が床に虹色を映す、そんなときと同じその色に、とても惹かれた。

 

入浴剤の色によって、少しだけ彼女の身体も色がついたりする。しばらくすると肌色に戻る。

なんとか温泉のエメラルドグリーン色の入浴剤を使った後の彼女のおしりは、ぼくのいいおもちゃになった。

 

眠れない夜、彼女の身体に耳をあてる。

拍動が水分に反響し、海のような音が聞こえてくる。

女は海だというけれど、ああ本当だ、と思った。

体内に凪を湛えた彼女は母なる海のようだと思った。

そんなことを考えてるうちに、ぼくはいつのまにか眠気の波に身を任せているのである。